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教授からメッセージ

  • 教授 松前光紀
  • 教授 反町隆俊

教授 松前光紀

脳神経外科は"華麗、キレイ、カッコイイ"世界

脳、脊髄、末梢神経という、人にとって重要な組織、器官を診るのが、脳神経外科です。

脳や神経は"心が宿る場所"であり、"精神"です。医師免許を取得し、こうした組織や器官に精通した者だけが触れることを許される。それは緊張の日々ですが、同時に、充実感、やりがいを覚えられる現場とも言えます。

当科には、脳梗塞や脳腫瘍などの病気のため、麻痺や痛み、あるいは意識の薄れている患者さんが訪ねて来ます。そんな方々を、当科の持てる技術を集約して治療にあたります。元気に自宅に戻られる患者さんを見送ったときの感動は、何物にも代えられません。

脳神経外科医の果たす役割はいくつかあると考えています。その一つは、救急です。

僕のポリシーは「どんなにつらくても、救急の患者さんから逃げずに治療にあたる」。救急の患者さんが運ばれてきたら、それがたとえ夜中であっても、終ったばかりの手術後であっても、人の命のために全力を尽したいと思います。

実際、東海大学病院はドクターヘリが設置されていることもあって、当科で行う手術の全体の38%は緊急手術です。救急では、一刻一秒を争う患者さんを目の前に、瞬時に、的確に病状を診断し、どんな治療が必要か考えをめぐらせます。それと同時に、検査や治療について、他の医師や看護師、薬剤師にオーダーを出します。頭の回転が速くなければ務まりません。

救急の現場はよく、3K――キタナイ、キツイ、キケンと言われますが、決してそんなことはない。むしろ"華麗、キレイ、カッコイイ"世界です。救急の現場ほど、医師としてのやりがいを感じられる場はないと考えています。

救急の現場で大事なことは、意外かもしれませんが「人」を思うことです。

救急搬送された患者さんや、そのご家族の立場になってみましょう。朝、元気に手を振って会社や学校に出かけた大切な家族が、病院からの電話で駆けつけると、意識がなかったり、大きなケガを負ったりした状態でそこにいるのです。動揺しないはずがありません。理由を聞く間もなく、医師から「これから手術を行います」と言われたら、冷静でいられるはずがありません。

それでも治療がうまくいって、元気に退院される場合はいいでしょう。ですが、後遺症が残ったら?意識が戻らないままだったら?亡くなってしまったら……。家族のやり場のない思いは、当然ながら医師に向けられます。家族の「なぜ?」「どうして?」に、医師は誠実に向き合い、応えなければなりません。

それは、人としての究極の場面かもしれません。応える我々もつらい。でも、そういう家族の想いも受け止め、こういうつらい思いをする家族を一人でも減らすよう自分に何ができるか。「人」を思う強い気持ちが脳神経外科医として成長につながる。脳神経外科の神髄はそこにあると、考えています。

ベテランも、若手も意見を交わす環境が大事

「人」という意味では、脳神経外科はチームワークを必要とする科でもあります。

脳や神経の手術は、一人の医師だけで行えるものではありません。助手の医師をはじめ、看護師や薬剤師などのコメディカルの方も含めたチームでの協働が必要です。

チームといえば、脳神経外科そのものが一つの大きなチームかもしれません。

現在、当科には16人の医師がいます。当然、僕が一番年上で、若手医師は26歳ぐらいです。確かに誰より多く患者さんを診て、治療経験が豊富なのは僕です。しかし、患者さんの治療方針を決めるときに、自分の意見を押し通すことはしません。若い医師、中堅の医師、あるいは別の脳の病気を専門とする医師(脳神経外科にもさまざまな細分化された専門分野、いわゆるサブスペシャリティがあります)の意見などを総合して、さらには患者さんやご家族のご意向も踏まえて、最終的な治療方針を決めていきます。

患者さんのご意向を汲むという意味では、教授より、主治医の意見の方が重要なのです。

ベテランと若手が意見を気兼ねなく交換する。それは、言うは易くで、そういう環境がなければなかなか難しい。当科の朝のミーティングをご覧いただくと分かりますが、僕も意見を言うけれども、若い医師も診療上の疑問や意見をどんどん投げてきます。端から見たら勝手に言い合っているようにしか見えないかもしれませんが(笑)、そういうチームワーク、関係が非常に大事です。

患者さんの人生と共に歩むことができる診療科

脳神経外科医として働くことの意義を、僕らはこんなたとえを用いて考えています。

患者さんが最初にやってくる診療科を"1階"、その診療科から紹介されていく診療科を"2階"と呼んでいます。例えば、心臓に不安がある人が最初に訪ねる先は、心臓内科です。診察の結果、手術が必要だったら、心臓血管外科を紹介してもらいます。つまり、この場合、1階が心臓内科、2階が心臓血管外科になるわけです。

では、脳神経外科はどうでしょう。難しい脳の手術をする科という意味では2階ですし、しびれや頭痛で診てもらいたいときに受診する科という意味では1階。つまり、当科は1階でも、2階でもある。少なくとも脳や神経の分野では、患者さんの困りごとから重大疾患まで、すべてに関わることができる診療科なのです。

そんなことを強く感じるきっかけは、僕が研修医になった25年前まで遡ります。

外科医になろうと東京の国立病院で研修をしていた2年目の夏。1週間の夏休みを利用して、本州の最北端、青森県の津軽半島の先にある小泊(こどまり)という小さな田舎町に出かけました。そこは太宰治の小説『津軽』の舞台になった町で、どの診療科を選ぶか悩んでいた僕は、一人になってじっくり自分の将来について考えようと思ったのです。

当時の小泊は、無医村でした。漁港のひなびた食堂で定食を注文したら、食堂のおばさんが「何をしているのか」と。どうやら自殺しに来たと思ったようです(笑)。

僕は太宰治の話をし、医者の卵で外科医を目指していること、どの診療科にするか悩んでいることなどを話しました。そうしたら、おばさんの声がけで集まった30人ぐらいの村人が、異口同音に「脳外の先生がいい」と言う。話を伺うと、具合が悪い、手がしびれる、頭が痛い、腹痛、下痢……どんな症状でも最初に診てもらうのは、車で2時間ほど走った町で開業している脳外の先生とのこと。その先生に「脳は大丈夫だから、ほかの科で診てもらって」と言われて初めて他科を受診するのです。

村の人の最大の健康不安は脳卒中で、脳外科は病院への"最初の入口"だったのです。

それまで僕は、脳神経外科医というと、難しい手術を顕微鏡で行うスーパードクターという印象しかなかった。特殊な世界の医者でした。ところが、村の人たちは違っていました。脳外の先生は、最も身近な存在であるお医者さんでした。

考えてみたら、脳神経外科医は最初の診断も、手術も、治療後のリハビリもすべて受け持ちます。また、加齢で身体能力が落ちて手術ができなくなっても、手術以外の分野で医療に携わることができます。患者さんを診る、ではなく、患者さんを"診続ける"ことができる。それが脳神経外科の最大の特徴であり、魅力であると今も思っています。

大きく変わった脳神経外科。いい環境がここに

僕が教授になって12年。その間、脳神経外科は大きく変わりました。

多分に漏れず、スタートは医局員の数が少なく、過度の労働による疲弊からやめていく医師もいました。本当につらい時期でしたが、それではいけないと改革を決意しました。その一つが他大学からの入局です。新潟大学からお越しいただいた反町隆俊教授もその一人です。反町先生ほか他大学から入局してこられた医局員のおかげで、当科に新しい風が吹き、現場は活性化しました。

もう一つは、休みをきちんととる医局にしました。休日は仕事のことを忘れて、家族との時間や趣味を楽しんでもらっています。家族をしっかり支えてこそ、患者さんやそのご家族を支えることができる。そう考えています。

当科は今、女性医師3人を含む16人の医局員がいます。ベテラン、若手関係なくお互いに切磋琢磨しながら、高め合っている。そんな好循環の環境が最善の医療につながっています。命との闘いといった厳しい場面、チームワークで立ち向かう洗練された集団、笑顔あふれるグループ、そこに家族や同僚に支えられた、"華麗、キレイ、カッコイイ"世界が拡がります。一人でも多くの若手医師、男女を問わず、ベテラン医師がこの輪に加わってくださると幸甚です。

教授 反町隆俊

"人そのもの"を診る脳神経外科の世界は日進月歩

医者という仕事は、人工知能(AI)などが発展してもなくなることのまずない、人間の健康にとって欠くことのできない職業です。わたし自身、親族が病気で具合が悪くなったり、亡くなっていったりした経験から、「人の命を助けることができる」という仕事に就きたいと強く思うようになり、医師を目指しました。

たくさんの診療科があるなかで、なぜ脳神経外科を選んだのか。その質問に対する私の答えはいたってシンプルです。"脳は、人そのもの"だからです。

脳は、人の人格なり、行動なりをコントロールするものであり、人間にとって重要な生命活動の中心を担っている器官です。そのような重要で複雑な器官の問題や疾患を、この手で直接、診断し、手術をして改善させる。そのやりがいは、脳神経外科医として日々、手術をした患者さんが良くなり元の生活に戻っていくことをみるたびに感じます。

脳神経外科の世界は、日進月歩です。めくりめくる医療技術の進化に身を置くことができる、そうした面白さを感じられるのも脳神経外科かもしれません。

その一例が画像診断です。わたしが医学部を卒業したのは1985年ですが、その少し前、1970年代の後半あたりは、日本でCTが登場し、普及していった時期です。脳が画像で見えるようになり、ブラックボックスに近かった脳の機能と形態が徐々にはっきりと示されるようになってきました。

「麻痺があると画像上ではこういう状態になる」といったことが、一つひとつ分かるようになると、それを探索するようになります。それは医師としての知識を増やすだけにとどまらず、客観的にものごとを理解することにもつながります。また、患者さんやそのご家族にも具体的に、分かりやすく、説得力を持って説明できるようにもなります。

今も画像は進化し続け、MRIによる術中ナビゲーションシステムも使われるようになっています。画像診断の進歩はまさに治療の進歩とリンクして、患者さんへの貢献につながっています。

症例数が豊富だからこそ、たくさんの経験がつめる

疾患を理解するためには、基本的な解剖、生理、研究データなどの知識が必要で、それは日々の勉強で培われるものです。また、新しい治療法を習得するためには、日々の臨床に加え、シミュレーションを使ったトレーニングはもちろん、論文などを読み込んで知識の幅を広げることも大事です。

とてもうれしいことに、当科にはモチベーションが高い若手医師が多く、お互いに切磋琢磨しながら成長しているように思えます。実際、当科の若手の医師はよく勉強していて、空いている時間にシミュレーションで技術を習得している姿もよく見かけます。

だからこそ、実際の臨床現場でも彼らを信頼するケースがとても多いように思います。

若手医師の進歩に目を見張るできごとが、最近あったので、一つご紹介しましょう。

東海大学病院にはドクターヘリがあり、脳卒中や外傷の患者さんも多く搬送されます。なかには非常に重篤な患者さんも運ばれてきて、その場合、救急との連携で緊急手術を行うケースが少なくありません。

これは、当院の大きな特徴だと思いますが、ここには緊急手術がストレスなく行えるインフラが整っています。CTやMRI検査が即座にできるのはもちろん、救急外来で手術ができたり、大がかりな手術でもすぐに手術室を手配してもらえたりする体制が整っています。だから、年間7500例という、多くの救急患者が搬送されているのです。

こういう救急外来こそ、若手医師が主体的に関わることができる現場です。

このときも、夜中に脳内出血をおこした患者さんが搬送されてきました。その患者さんの治療を担当したのは入局して2カ月目、後期研修1年目の若手医師です。脳内にできた血腫を顕微鏡を使って摘出するという手術でしたが、とてもスムーズでした。このときは、わたしのほか数名の医師が指導していましたが、若手医師が冷静沈着に血腫をとる姿に、心強さを覚えました。

振り返ると、わたしが最初に顕微鏡を使ったのは医師になって3年目。それを考えると、今の若い人たちの技術習得のスピードはとても早い。たった2カ月ですが、その間に先輩医師の助手として、たくさんの患者さんの治療を経験していたからこそ、成し遂げることができたのだと思います。

当科の特徴としては、症例数の豊富さだけでなく、国内外の留学も認めているところも大きい。行き先にはこだわりません。最先端の現場に身を置くことは、その技術に触れるだけでなく、センスを磨くことにもつながり、疾患や治療に対する考え方も身につきます。

そうした最先端の医療現場に留学して技術を習得してもらった上で、戻ってきてもらう。その手技や考え方を当科の医師が学び、科全体の医療の向上につなげる。それが「患者さんにベストな治療を」という当科の方針でもあるのです。

今は"どの治療法がBESTか"だけで括れない

若手医師に当科で学んでもらいたいのは、技術だけではありません。

手術は、人の体にメスを入れる究極の医療です。患者さんにとってメリットがなければ、やってはいけない行為です。ところが、若手医師が成長して、ある段階が来ると「手術をしたくて仕方なくなる」という状態になります。それは、自信が付いて、自分の手で患者さんを治すことに生きがいを持つようになるからですが、その結果、手術をすること自身が患者さんのメリットより優先されてしまうという過ちに陥りがちです。

そんなときは、我々は複数の医師で一つの症例について、正しい治療法、あるいは治療の是非について検討していきます。自由にディスカッションできるような環境のもとで、どの方法をとるのが患者さんにとって最もメリットがあるのかということを、考えていきます。

治療法の選択を考える場合、いい見本となるのが未破裂の脳動脈瘤の治療でしょう。

現在、日本では開頭してクリップで留める治療と、血管内からコイルを入れる塞栓術が実施されています。どちらの治療がいい・悪いという論争になりがちで、一つの手技を職人のように突き詰めていく学び方もあります。それに対し、当科では血管障害に関しては、教育のために専門はあえて分けていますが、開頭手術と血管内治療のいずれの技術も持つ医師ばかりです。両方の治療が偏ることなく学べるということは、フラットな見方で治療法を選ぶことができる、ということにもつながります。

治療の適応については、動脈瘤の形、場所、年齢、併存疾患、患者さんやご家族の希望に加え、今は生活環境(一人暮らしなのか、など)なども考慮して、ベストな治療法を決めていく必要があります。そういう社会背景も含めた治療適応を教えることも、我々の役目だと考えていて、そこでは、「治療をしない」というのがベストとなる可能性もあります。

例えば、わたしたちは一般的に平均余命を念頭に、1年間の発病のリスクと、手術のリスクを照らし合わせてベストな方法を選び、患者さんやご家族にお示しします。70歳の健康な女性の方なら少なくともあと10年以上は余命が期待できます。1年間に1%の発症リスクがあり、手術リスクが5%なら手術がベストな選択ですし、発症リスクが0.1%であれば手術しないほうを選びます。

当院は特定機能病院ですので、当然ながら症例数も求められます。ですが、病院にとってメリットがなくても、「患者さんのためにならないのであれば、手術はしない」という選択肢をとっています。患者さんのメリットを優先させるからで、それで手術症例数が減ってしまうのはやむを得ないと思っています。

地域で患者を診るという視点も、学んでもらいたいことの一つです。

当科は地域の基幹病院として市中病院の先生方や開業の先生方との連携も重要だと考えています。特に高齢化が進み、病院から地域で診る医療へとシフトチェンジしているなかでは、益々その位置づけが大きくなるのは想像に難くありません。

そこで、当科は神経内科医とともに「ブレインネットワーク」を作り、地域の開業の先生と一緒に年に何回か症例検討会などの勉強会を開いています。若手の医師にはそういう場にもどんどん出席し、さまざまな立場の意見を聞いてもらいたいですね。

専門医を目指す若手医師にメッセージ

他大学から当科に入局する医師が多いのも当科の特徴です。何を隠そう、私もその一人です。他大学から入局しても、まったく違和感なく溶け込むことができるのは、協調性がありコミュニケーション能力に長けているスタッフが多いからではないでしょうか。

理由はいろいろあるでしょうが、多くの大学病院、診療科から東海大学脳神経外科を選択し入局した。それは、それだけ当科に期待しているからだと受け止めています。

当科に脈々と受け継がれているDNAは、「その治療は患者さんの利益になるのか」という思考。それを真っ先に考える姿勢です。自分の都合のよいように適応を捉えて、手術を増やすのではなく、正しく選択する正義感。技術などだけでなく、そういう考えを若手の医師に伝えていければと思っています。

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